猫のおはなし。             


永井 美佐

僕の名前は永井セナ。もうすぐ14歳になるアメリカンショートヘアの男の子。いや、男の子じゃないか、人間だと80歳くらいのおじいちゃんか。
でもお母さんはいつまでも赤ちゃん言葉で僕に話し掛けるので、僕も赤ちゃんみたいにお母さんのお膝に座って甘えるのが大好きなんだ。
昼間は僕ひとりでお留守番してるんだけど、おじいちゃんなので近頃はお昼寝の時間もだんだん長くなり、夜もお母さんのベッドでスヤスヤ寝ているので猫と言うよりナマケモノみたいになっている。
そんな僕だけど、小さい頃から電気コードとか、ビニールとかをモグモグしてしまう悪い癖があったんだ。
去年、発泡スチロールか何かをモグモグしてしまって、だんだん気持ち悪くなってきて吐いたり下痢したり、それが何度も続いてあれだけ食いしん坊だった僕がご飯食べられなくなってしまってお父さんに病院につれて行かれた。注射は大きらいだけど点滴してもらったらすっかり元気になって、ご飯もモリモリ食べられるようになってやれやれ一安心。
それから半年くらい経った頃、またなんだかモグモグしたくなってきて、今度はお母さんがやっているテニスのスポンジボールをモグモグしてしまったんだ。
そしたらまた気持ち悪くなっていっぱい吐いたんだけど、今度はご飯食べられなくなっただけじゃなくてウンチが出なくなってしまった。
また病院に連れて行かれて先生がお腹の検査をしたら「腸が動いてないですね、お腹を切って出しますか?」ってお母さんに話している。僕はびっくりしたけどお母さんはもっとびっくりして「切らないとダメですか?」って聞いている。
結局その日は点滴と薬で様子をみてみましょうかってことになったんだ。
おうちに帰っても全然力が入らなくて、少しだけ、本当に少しだけがんばってご飯食べてみたんだけど、やっぱり気持ち悪くなってまた吐いてしまった。お水だけはなんとか飲んでいたんだけどそれもまた吐いてしまって、もう僕はダメだ、おじいちゃんだし、ずっと何も食べられないしこのまま心臓が止まってしまうのかもしれない・・・
次の日、今度はお父さんが病院につれて行ってくれて手術のために僕は入院することになった。
前の時も検査だとかいって注射をされたんだけど、また今日も同じことされて、でも先生が検査の結果をみてビックリして、もしかしたら手術に耐えられないかもってお父さんに説明している。
やっぱりもう僕はダメなのかもしれない。
ああ、猫の神様、どうかどうか僕を助けてください……
お腹を切ってみたらどうやら腸に腫瘍という悪い者ができていて、そこでスポンジやウンチが詰まっていたんだって。
あーそういえばこのところ、ウンチが今までみたいにたくさん出なくなっていたよな、大きさも今までの半分くらいだったし、食べても食べても痩せっぽちになっていくばかりだったし。
そうか、お腹の中に悪い物ができていたのか、そうかそうだったんだ。
お腹を切って次の日に僕はおうちに帰れたんだけど、ご飯はまだ食べちゃいけなかったので、病院でもらったジュースをペロペロなめて過ごした。ベッドにあがれないだろうからといって、お母さんが僕のために毛布を敷いてくれてお布団を作ってくれた。でも僕はお腹が痛かったけどやっぱりお母さんのそばで寝たかったので、がんばってベッドにあがってお母さんに頭をなでなでしてもらいながら寝た。
もしかしたら僕はまた元気になれるかもしれないって、その時やっと安心できた。
その後は少しずつご飯も食べられるようになってだんだん元気になっていって、今ではご飯もたくさん食べられるようになったし、でっかいウンチも出るようになったし、高いところにも今までみたいにジャンプしてあがれるようになった。
僕には内緒みたいだけど、どうやら検査とか手術とかで30万円もかかったらしい。ひえー、病気になったら大変だニャー。
だから僕はもっともっと元気になっていっぱい長生きするぞーと心に誓った。
ああ、猫の神様、僕を助けてくれてありがとう。
元気になってめでたしめでたし。と、言いたいところだけどこの話にはまだ続きがある。
ここからはお母さんにバトンタッチ。
セナが手術してから元気になって安心していたのも束の間、術後2ヵ月後にまた異変が起きました。
ウンチがまた少し小さくなっているなと思っていやな予感が頭をよぎっていたところに嘔吐がはじまり、餌を口にしなくなってしまいました。
すぐに病院に連れて行きましたが「悪性リンパ腫」との残酷な診断を聞かされることになり、抗がん剤の治療もあるにはありますが、との説明を受けましたが、もう自然に残りの命を穏やかに過ごさせてやりたいと、点滴も含め治療を受けないことに決めました。
水しか口にしなくなって1週間、人間でも食べ物を口からとれなくなるとその位が限界だと思っていたのですが、2週間が経った頃、今まで全く出なかったウンチが出はじめ、餌を食べたそうにしたのでチュール(ジェル状になった猫のおやつ)をお皿に入れてやるとペロペロなめ始めました。
ウンチはそれっきり出なくなりましたが、それからは2日おきくらいにチュールをなめてくれて4週間目に突入。
それまではよろよろした足取りなりにもトイレにはちゃんと自力で行っていたのですが、いよいよ立ち上がれなくなってしまったので、私の職場である治療院につれて行き、24時間体制でそばについてやりました。
最期の4日間は完全に寝たきりになっていたのですが、ちょうどその日の仕事が終わって帰る準備をしていたら、セナが急に立ち上がったのでびっくりして「セナ、どしたん?」って抱き留めてやると「ニャオー」とひと声鳴いて、そこからはもう呼吸がおかしくなってしゃっくりのような感覚のあいた呼吸が数回続いたのち、もう二度と目を開けてくれることはありませんでした。
手術をしてから97日目のことでした。
それにしてもセナの生命力にはただただ驚嘆させられました。チュールを口にしてくれたといっても、ほんのスプーン1杯程度で、ほぼ水だけで1ヵ月生きてくれたことになります。
セナが我が家に来てから最期にこれほど濃密な時間を一緒に過ごせることができてお母さんはとても幸せでしたよ。
セナ、精一杯長生きしてくれて本当に本当にありがとう。