第109号 2/8


 11月13日(晴れ)。1時半過ぎに尾道駅に到着し、尾道ラーメンを食した後、駅前のお土産屋で名物のレモンケーキを幾つか購入。糸崎行き普通列車が出発した直後に、2両編成のキハ40がゆっくりと入線した。ホームにいた人達は列車自体の入線を歓迎するように各々カメラを向ける。
今回用意されていた1号車2番D席に腰を下ろし、出発前の雰囲気を味わう。その窓の方を向いて座る席だが、パーテーションもしっかりと設置してあった。尾道14時38分発、広島17時35分着。所要時間2時間57分。停車駅は三原、忠海、竹原、安芸津、呉の5駅。列車種別である「快速」と文字づらをみる限りでは早そうだが、ご承知の通りこの列車は観光列車な為、乗る事を目的としており、所要時間もそれだけ要している。因みに同ルートを定期列車で辿った場合、呉で快速「安芸路ライナー」に乗り換えたと仮定した場合、所要時間は2時間半程度。
海、そして山、輝く太陽を左に右に見ながらゆっくりと走る。そんな窓から見える景色はまるで生き物のようにも見えた。小さなトンネルを幾つも潜りぬける毎に変わりゆくその様は、まるでスライドショーでもみているかのよう。その幾つかある小さなトンネルの一つ、川尻トンネルは日本一短いトンネルである。安登~安芸川尻の間にあり全長8.7m。これ迄は吾妻線の樽沢トンネル(7.2m)が最短だったが、八ッ場(やんば)ダムの建設により山側に数キロメートルのトンネルを掘り、線路はその中に移設された。その為このトンネルが日本一の短さに返り咲いた。
安芸阿賀を出ると今度は呉線で一番長い呉トンネル(2,582m)に突っ込む。車内灯は蛍光灯の真っ白な光とは違い、観光列車特有の豆電球。車内はその暖かい光に包み込まれ、レトロな雰囲気を醸し出していた。
16時37分、呉を出発。次の停車駅は広島。停車時間は僅かで順調な滑り出し。しかしかるが浜で16分の停車。その間に上下の快速に道を譲る。快速が快速に抜かれるとは……。三原~広間に比べると広~広島間は列車の本数も増えるのでエトセトラのような臨時列車は例え快速とはいえ定期列車の合間を縫って走る事になる。
並行する国道31号線を走る車のライトも目立ち始め、街並みの光も濃さを増す。短いトンネルを幾つか潜るが、その境目もはっきりとは分からなくなっていた。坂、矢野駅とドアの開閉はしないがすれ違いの為に停車。景色をつまみに食べたレモンケーキとコーヒーで満腹になり、心地良い暖房。そして程よい揺れについウトウトしているうち、山陽線と合流し海田市駅を通過。残された向洋と天神川は快速らしいスピードで通過。
広島駅に到着する旨の放送が入った瞬間、我に返った。広島駅は2番線到着。定刻通りである。かつてのように列車で迎える朝も格別だが、夕暮れもまた格別である。これは尾道発の列車で、しかもこの時期だから味わえるものであり、この尾道発の列車を選んで良かったと改めて思った。本来の観光列車ならグループで話に花が咲いたり、時には子供がはしゃいだり、また酒盛りで賑やかになったりというイメージだが、今回、徐々にコロナ前の生活に戻りつつあるとはいえ、満席にも関わらず静かな旅だった。病み上がりの世の中で行って来た今回の旅も存分に楽しむ事が出来た。
このエトセトラの名前の意味はラテン語で「沢山の、その他色々」という。また広島弁でも沢山のという意味は「えっと~~」といい、セトは瀬戸内海のせと。それももじってこのような名前が付けられたそうだ。この「その他色々」という捉え方は人によって違う。この後に及んでは、第6波は?3回目のワクチン接種は?また県外にはいつ頃になると行けるようになるんだろうか?など、その他色々な考えが浮かぶ。列車から降りた時から現実的な事を考えていた。
隣の1番線から、暮れなずむ街の光と影の中、
去りゆく快速「エトセトラ」を見送った。